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白雪に鈍色の鉄が通る


 ブロンブロンと耳をつんざく駆動音。冬特有の乾いた空気の臭いと排気される軽油の臭いが混じり合い、寒さで滅入る身体を一層強張らせながらレバーを握る。

 前方で回転する鉄の刃は、そんな持ち主とは裏腹に「ウォーミングアップが終わったところだ」とでも言いたげな様子で雪を喰らい、10m先へとアーチを作っている。


 そう、除雪作業が始まったのだ。事務所の中でぬくぬくのんびり?と過ごしていたのも束の間、有無を言わさず氷点下の世界に投げ出された私は、このやかましい仕事仲間とよろしくやっている。やはり仕事で動かす筋肉というのは普段歩いたりしているようなものとは別物のようで、その負荷は夕食後の急激な眠気として表面化されてくる。当然の話ではあるのだが、これでは今までの生活は続けられない。非常に名残惜しい事ではあるが、この深夜に眠る生活とはおさらばしなければならないだろう。


 なにぶん外の作業というのは危険が伴うものだ。少しの判断や確認を怠ると、シャレにならない事故というものが起こってしまう。その危険性を少しでも減らすために、十分な睡眠というのは必要不可欠なのである。寝ぼけ眼で車を運転するのがどんなに危ない事か、少し考えればわかっていただけるだろう。


 そんなこんなで、この生活に切り替わってから丸一週間がたった。まだ終わったのは三分の一といったところだろうか。こんな作業早く終わってほしいとは思うのだが、それが終わったらまた次の仕事がひっきりなしに舞い込んでくる。恐らく五月が終わるまではこんな調子だ。

 まぁ仕方ない。毎年の事だと思うのだが、この思考は我ながら悲しい大人のなり方だ。

 少しでも気を紛らわせるために、鼻歌でも歌いながら作業を続ける。エンジンの音でその殆どがかき消されていくが、鼻歌というのは観客は自分だけでいいのだからむしろ好都合かもしれない。旅の恥はかき消せということか。少しはこの鉄の塊も気が利くではないかと考え直す。


 そういえば農業機械も電気自動車化へと進んでいるという話を最近よく耳にするが、そうなるとこの駆動音とはおさらばになるわけかとも考える。うん、そっちの方が良いな。でも力が弱かったりするのだろうか、そうなると少し話は違ってくる。なんて思いを馳せる。

 黙々と作業を続ける無口な彼か、声は大きいが安定した作業をしてくる無骨な彼か。

 私の中の少女が乙女心を震わせる。


 そういえば少し前にはバレンタインがあったなと思いだす。

 5秒ばかり考え込んだ私はポケットに忍ばせていたおやつのアーモンドチョコを、やかましく仕事をする彼の背中に一粒乗せるのだった。


                                            また次回









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