トマト、またトマト、何度でもトマト
さぁ皆様、九月の下旬が刻一刻と迫り、段々と稲刈りのシーズンが近づいて参りました。今年の天候不順で殆どの作物が大幅な減収を見せている中、我々のお米はどうなっているのかというと、勿論その例外にはならず去年と比べるならば少なくなる見込みとなっております。
しかし、トマトのように前年の半分くらい等といった明らかな大幅減収では無いのが救いでしょうか、流石は古来より我々が主食として食べてきた作物なだけあって、その軸のぶれなさに感心するところでもあります。
エェ、実に逞しいお身体で。ホホホ、妾(わたくし)はそれこそ胎児のような小さな頃から病弱な体質に悩まされておりまして。生まれた頃なんかは貴方様の大きな両手に収まるくらいの大きさしかなかったそうです。そうは思えないと仰るやもしれませんが、こうして話をしている今でも、ホラこの通り杖を地面に突いていないと脚がふらふらと覚束ない有様でして。エェエェそうでしょうそうでしょう……。だから貴方様の身体が羨ましくて恨めしくて……。
アラ、お笑いになるなんて意地の悪い……。妾は藁にも縋る思いで貴方様の前に居るというのに……。
アア、どうか……妾の悩みを聞いて下さいまし。イエ、何も解決して頂こうなんて微塵も思っておりませんとも、妾はただこの胸の内にある思いを誰かに聞いて欲しいだけなんですから。サァ、そこにお掛けになって……、少し長い話になるやもしれませんが、キット退屈はさせませんとも。エェ、聞いて下さる? アア今日の出会いに感謝します……。
妾には夫は居ませんが、沢山の子供がおりますの。エェ全て妾の子です……。その証拠に私に似て病弱な子が多くて、中にはホンの小さな時に死んでしまった子も居たくらいで……。
それで悩みというのは、妾の子が皆大きくなると急にフラリと姿を消してしまうことでして……。エェ例外はありません……。母親としては身を引き裂かれる思いで……、近頃は穏やかだった病状も悪化する始末で、踏んだり蹴ったりですわ、ホラまるで腕なんか枯れ木のようでしょう? オホホホ。お医者様から度々処方箋を貰っていますの。これがまた種類が多いこと多いこと……、妾ではこんがらがってしまって、飲むときもお医者様が手伝って下さらないといけなくなってしまって。イエお気になさらないで、今は笑って頂いて結構です。妾も笑い話にしているんですの。オホホ。フフフ……。ホホホホホホホホホホホホホホ。
エ?「子供の話に戻れですって?」ホホホ、これは無駄話ではありませんよ。ホラ急がば回れと仰るじゃないですか。これは遠回りが近道なんですから、エエこれは必要な話なんです。アラ? 疑っていらっしゃるの? アア! どうかお立ちにならないで……、そう落ち着いて座って下さいまし。何しろ妾は貴方様だけが頼りなのですから、このアワレな女を少しでも気の毒に思うのならもう少しだけ聞いて下さいな。
ある日とうとう頭にきてしまった妾は、どうにかして子供達が消えた原因を突き止めてやろうと思いましたの。でも何の手がかりもないものですから……、一先ず日記を見て昔を読んでやろうと思い立ちました。エエ日記は小さな頃からつけていましてね。ドウにも忘れっぽいものですから、書く癖をつけておりますの。
それで分かったことがありました。何も難しいことではありませんの。ホホホ、聡明な貴方様ならきっと日記なんかなくとも気付いたでしょう……。子供達が居なくなるのはいつも妾の薬を求めて出かけていった後のことでしたの。愛し子を見送った後に家の戸を叩くのは決まって代わりにお薬を届けに来たお医者様で、それから子供達が帰ってくることなんかありませんでした……。
アラ? 随分とお顔が優れないようですけど、何かお飲み物でもご用意しましょうか? イエ遠慮なさらずに、お医者様から頂いた飲み物がありますの。エェエェ、学のない妾にはどこのものだかは分かりませんが、何だかとてもホッとする味なんですの。何か失ったものが戻ってくるような……。
それで、あの頃の妾は外に出ることをお医者様から禁止されていたのですけれど、ドウしても気になって、薬を買いに行く子供の後を写真機を持ってコソリと着いていったのです。アアでもお医者様の言うことは聞くものですね。直ぐに身体が重たくなって、息も絶え絶えになってしまって、とうとう子供を見失いそうになってしまって……。もうヤケクソに写真機のスイッチを押しましたそこからのことはあまり覚えていませんの。
次に目が覚めたら自分の家に戻ってしまっていて、何でもお医者様が運んでくれたらしいのですけれど、やっぱり子供は帰ってきませんでした……。
アアでも進展はありましたよ。出鱈目に撮った写真の中に、一枚だけ気になったものがありましたの。エエこれがその写真でして……、ホラ沢山の箱を積んだ馬車が写っているでしょう?この馬車の一番奥の右端にある箱を見て下さいな。これではチラリとしか見えませんが、妾はこの中にある一人があの時薬を貰いに行った子供な気がしてならないんですの。
エエ分かっていますとも。妾の勘違いだって事の方がずっと信用性があることくらい。貴方様はドウ思います? エェエェそうでしょうそうでしょう。妾だって半信半疑なものですから、貴方様がソウ仰るのも無理はありませんわ。
アア、何だか胸のつかえが取れたような気がします。妾は誰かにそう言って欲しかったのかもしれません。有り難う御座います。このアワレな女の悩みを聞いて下すって、感謝の言葉もありません……。お医者様の代わりに貴方様がお薬を届けに来た時は年甲斐にもなく小娘のように驚いてしまいましたが、こんなに素晴らしい方だったなんて思いもしませんでしたわ。
エエ、お帰りになられますか? アアそうですか。どうか道中お気をつけになって。馬車はあちらで? エエほれぼれしてしまいそうなくらい綺麗な白馬ですね。普段はあれを使って商売をなさっていますの? エェエェ。イエあのお医者様のお知り合いなのですから、裕福でいて当然ですわ。
アラ、申し訳ありません。長々とお引き留めしてしまって……。何分もう子供も居ない孤独な身でありますから、人恋しく思うときがあるのです……。こうして知り合えたのも何かの縁と思って、気が向いたらまたこの家に遊びに来て下さいまし。
エェエェ。有り難う……。今日の出会いに感謝します。
ホホホ。フフフ……。オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ
また次回